大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(行コ)95号 判決 1973年10月24日

控訴人

江戸川区

右代表者

中里喜一

外一二名

右一三名訴訟代理人

重富義男

外二名

被控訴人

運輸大臣

新谷寅三郎

右指定代理人

村重慶一

外六名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人ら代理人は、次のとおり述べた。

一、環境権は、良き環境を享受し、かつこれを支配する権利であつて、憲法第二五条第一三条に根拠を有し、財産権よりも人格権に近い性格を有するとともに、生存権的基本権としての一面も有している実定法上承認された権利である。従つて行政庁の違法な処分によつて環境の破壊が生じ、または生じる虞が存する場合には、これにより悪影響を受ける地域住民は、それがなお具体的な被害とはいえなくとも、当該処分の違法を争う適格を有することになる。換言すれば、環境権の確立は、地域住民の環境に対する利益は法の反射的利益にすぎないものであるとの従来の考え方を脱皮させ、住民に対し法律上の利益の帰属主体として地位を広く肯認し、さらにまた、前記行政庁の行為は、講学上の行政行為にとどまらず、環境を害し、害する虞のある行政庁の措置を地域住民との関係において一体的に行政処分と把握し、地域住民に抗告訴訟の途を開く機能を有するものである。

二、右の環境権論を基盤として、控訴人らの当事者適格ならびに本件認可の行政処分性を明らかにする。

(一)  控訴人須賀鎌吉ら八名の土地所有者の原告適格

これら控訴人の所有土地は、いずれも江戸川区総合開発基本計画、江戸川区基幹的重点事業長期計画において良好な住宅地として環境整備がなされることが予定され、現に土地区画整理事業が進められつゝある地域に存する。また都市計画法、建築基準法による地域地区指定の改正試案によつても第一種住居専用地域、第二種住居専用地域、住居地域等に指定されている。従つてこれら控訴人らは、一般的な環境権を有するにとどまらず、その把握すべき環境は、特に住居地として良好快適な環境というべきであり、控訴人らはこのような環境を期待し、要求する権利を有する。仮りに右環境権が権利として承認されないとしても、良好な生活環境を享受する利益を有する。しかるところ、本件認可による新幹線路線が敷設されることになると、いわゆる新幹線公害が発生し、前記権利もしくは利益が害されることになる。

(二)  控訴人江戸川区の原告適格

控訴人江戸川区は、新幹線敷設予定地上に同区立葛西第二小学校の校舎および敷地を所有、管理しているのであつて、新幹線が敷設されることにより同小学校の教育環境が著るしく悪化することは明らかである。小学校を設置、管理し、教育事務を行う行政上の義務を負つている同控訴人としては本件認可の取消を求める法律上の利益を有する。

さらに同控訴人は、同区総合開発基本計画ならびに同区基幹的重点事業長期計画達成の一環として、帝都高速度交通営団地下鉄東西線葛西駅南側に約一万平方メートルの駅前広場を造成する計画をたて、控訴人葛西土地区画整理組合に対し行政指導を行い、現在右広場は完成し、換地手続終了の後には、その所有権を控訴人江戸川区に移転されることになつていた。しかるに新幹線路線が右広場の中央部を通過することになり、方自治法第二八一条二項第三号にいう広場を設置、管理すべき同控訴人の行政上の責務が重大な侵害を受けることになり、この点からも、本件認可の取消を求める法律上の利益を有する。

(三)  控訴人四土地区画整理組合の原告適格

控訴人四組合は、いずれも新幹線路線の通過等は全く考慮に入れないで、計画をたて、事業を執行し、控訴人小島、新田両組合は、すでに仮換地の指定を終つているが、今後他の二組合は、現在まで準備してきた計画による仮換地の指定は、特定の者に不利益処分をすることになり、不可能である。

さらに新幹線建設が強行されたときは、その敷地を事業の対象からはずし、残つた地域につき街路の設計変更、土地の位置変更、地積の変更等換地予定計画を根本的に変更せざるをえず、現在までにすでに六、七年を経過しているにも拘らず、今後さらに数年遷延するということは、事実上事業が執行できなくなる結果となる。

(四)  本件認可の行政処分性

以上のように本件認可は、控訴人らの権利、利益、もしくは行政上の責任あるいは事業執行に重大な影響、障害をもたらすものである。

さらに本件認可は、行政組織の内部的な行為にとどまるものではない。即ち、本件認可の内容が第三者たる控訴人らの具体的な権利、義務ないし法律上の利益に重大なかゝわりをもち、かつその影響が単に行政組織の内部関係にとどまらず、外部にも及び、本件認可そのものを争わなければ、その権利救済を全からしめることができない本件の場合は、行政訴訟の制度が国民の権利救済のための制度であることに鑑みれば、本件認可を単に行政組織の内部的規律としてのみ扱い、行政訴訟の対象となしえないものとすることは妥当ではない。

又新幹線公害という観点からすれば、本件認可の段階ですでに右公害の発生が確定しているのであつて、現実に公害が発生してから争えば足りるというのは、無意味といわなければならない。従つて本件認可に対する争いの成熟性は充分であるといわなければならない。

被控訴人指定代理人は、次のとおり述べた。

一、法第九条第一項において日本国有鉄道または日本鉄道建設公団の作成に係る工事実施計画を被控訴人の認可に係らしめたのは、右計画が公共の福祉、利便に密接な関連を有することから、右計画に対し、同計画と基本計画および整備計画との整合性、同計画において採用される施設等の技術的評価およびその安全性ならびに同計画における工事費の妥当性等を行政的見地から審査する必要があるからである。従つて工事実施計画の認可によつて決定されるものは、右審査に最小限必要な路線名、工事の区間、線路の位置等当該新幹線鉄道建設事業の根幹的事項(法第九条第一項、施行規則第二条第一項)に限られるのであつて、たまたま右計画の二〇万分の一の平面図から現地における線路の位置がおおよそ判明できるからといつて、右計画およびその認可の本質的性格を変ずるものではない。<証拠―略>

理由

一訴外日本鉄道建設公団が法第九条第一項に基づき被控訴人に対し昭和四七年二月八日付計第八号をもつて成田新幹線東京・成田空港間工事実施計画その1の認可を申請し、被控訴人が同月一〇日付鉄施第一八号をもつてこれを認可したことは当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件認可が抗告訴訟の対象となる行政処分にあたるかどうかについて判断する。

(一)  新幹線鉄道の建設手続を全国新幹線鉄道整備法および同施行令、同施行規則についてみるに、新幹線鉄道の建設は、日本国有鉄道または日本鉄道建設公団が行なう(法第四条)のであるが、運輸大臣は、まず、鉄道建設審議会の諮問を経て、建設を開始すべき新幹線鉄道の路線名、起点、終点および主要な経過地を定めた基本計画を決定して、これを公示し(法第五条、令第一条)、次いで、日本国有鉄道または日本鉄道建設公団に対し、建設線の建設に関し必要な調査(輸送需要量に対応する供給輸送力、地形地質、施設車両の技術開発、建設費等に関する事項の調査)を指示し(法第六条、規則第一条)、さらに、前記審議会の諮問を経て、走行方式、最高設計速度、建設に要する費用の概算額、建設主体等を定めた前記建設線の建設に関する整備計画を決定し(法第七条、令第三条)、日本国有鉄道または月本鉄道建設公団に対し右整備計画に基づいて当該建設線の建設を行なうべきことを指示し(法第八条)右指示を受けた日本国有鉄道または日本鉄道建設公団は、整備計画に基づいて工事実施計画を作成して、運輸大臣の認可を受け(法第九条)、それに基づいて建設を行なうことになつている。

なお、右工事実施計画には、路線名、工事の区間、線路の位置(縮尺二〇万分の一の平面図、縮尺横二〇万分の一、縦四、〇〇〇分の一の縦断面図をもつて表示する。)、線路延長、停車場の位置、車庫施設および検査修繕施設の位置、工事方法(最小曲線半径、最急勾配、軌道の中心間隔、軌条の種類、枕木の種類および間隔、道床の構造、列車の制御方法、通信設備の概要等工事の実施に必要な事項)、工事予算、工事の着手および完了の予定時期を記載するほか、線路平面図、線路縦断面図、停車場平面図、建設工事の工程表等の書類を添付することになつている(法第九条第一、二項、施行規則第二条)。

(二)  ところで本件においては、日本鉄道建設公団が昭和四六年四月一日、被控訴人から成田新幹線の建設を行なうことの指示を受けたのであるが(以上の事実は成立に争いのない乙第八号証により認められる。)、同公団は、日本鉄道建設公団法に基づき、鉄道の建設等を推進することを目的として設立された法人であつて(同法第一、二条)、その資本金は政府および日本国有鉄道の出資にかゝり(同法第四条、なお、日本国有鉄道は政府の全額出資であるから―日本国有鉄道法第五条―実質的には政府の全額出資といえる。)、その総裁および監事は、運輸大臣が任命し(同法第一〇条)、国鉄新線および新幹線鉄道に係る鉄道施設の建設を主たる業務とし(同法第一九条)、その業務は運輸大臣の監督を受け(同法第三五条、三六条)、毎事業年度、事業計画、予算および資金計画につき運輸大臣の認可を受け、また財務諸表につき事業年度終了後その承認を受けることを要し(同法第二六、二七条)、残余利益は、所定の積立金を控除した残額を国庫に納付することになつており(同法第二八条)、政府は公団の債務につき保証できることになつている(同法第二九条)ほか、所定の法令の規定については、同公団を国の行政機関とみなして、これらの規定を準用することになつている(同法施行令第一〇条)。さらにまた、新幹線鉄道の建設に必要な資金について、国はその助成その他必要な措置を配慮しなければならず、地方公共団体も援助に努めることになつている(全国新幹線鉄道道整備法第一三条)。してみれば、同公団は、日本国有鉄道と同じく、形式的には、国から独立した法人で(前記公団法によれば、単に法人と規定するのみで、特に公法上の法人とは規定していないが、多分に公法的色彩を有するものと考えられる。)、国の行政機関とは区別されなければならないが、実質的には、国と同一体をなすものと認めるべきで、一種の政府関係機関とも称すべきものであり、機能的には運輸大臣の下部組織を構成し、広い意味での国家行政組織の一環をなすものと考えるのが相当である。

(三)  以上みてきたところによれば、新幹線鉄道は、運輸大臣が日本国有鉄道または日本鉄道建設公団に指示して建設させるものであり、法第八条にいう「指示」とは、運輸大臣がいわば下級行政機関である日本国有鉄道またたは日本鉄道建設公団に対し整備計画に基づいて当該建設線の建設を行なわせる趣旨の「指揮」または「命令」に近い法的性質を有するものと解せられ、従つて法第九条にいう工事実施計画に対する運輸大臣の「認可」は、右運輸大臣の指示に基づいて新幹線鉄道の建設にあたる日本国有鉄道または日本鉄道建設公団が工事実施にあたり作成した工事実施計画の前記整備計画との整合性、その他当該建設線の建設に関する運輸大臣の方針との適合性等について、監督庁としての運輸大臣が審査のうえなす「承認」、いわば下級行政機関に対する上級行政機関の監督手段としてなす「承認」にあたると解するのが相当であつて、講学上の行政行為としての認可もしくは許可にはあたらないというべきである。

右「認可」は、いわば行政機関相互間の内部的な行為と同視すべきものであつて、行政行為として外部に対する効力を有するものではなく、またその行為によつて直接国民の権利義務を形成し、もしくはその範囲を確定する効果を伴うものではない。それ故本件認可は、抗告訴訟の対象となる行政処分であるということはできない(ついでに付言すれば、右認可の性質が前叙のとおりであるから、当然ながらその拒否に対し、認可申請をなした日本国有鉄道または日本鉄道建設公団もその取消を訴求することは許されず、またその利益も有しないというべきである。)。

三控訴人らは、行政庁の措置により環境が侵害され、もしくはその虞の生じた場合には、行政庁の一連の措置を一体的に把握して、これを行政処分として抗告訴訟の対象とすることが認められると主張する。被控訴人の認可した本件工事実施計画に基づき工事を完成し、新幹線鉄道の運行を開始した暁には、受忍すべき限度をこえて生活環境を破壊し、またはその虞があるか否かは、しばらく措くとしても、本件成田新幹線鉄道の建設にあたるのは、日本鉄道建設公団であり、しかも同公団が右建設にあたり行なう一連の行為は、いずれも私法行為もしくは事実行為であり、被控訴人は、前叙の如く、同公団に対し内部的に右建設を指示し、これを監督するにすぎないのであるから、被控訴人の右行為および同公団の右建設にかゝる一連の行為を一体的に捉えて、これをすべて被控訴人の行為とみること自体に無理があるものといわねばならない。さらにまた新幹線鉄道の建設が行政庁が法の規定に基づき一定の行政目的達成のためになされる行為であるとみることができるとしても、行政事件訴訟法第三条にいう行政処分等とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものをいうのである。そして法は、公共の福祉の維持、増進という行政庁の行為の特殊性に鑑み、一方このような行政目的を可及的に達成せしめる必要性と、他方これによつて権利、利益を侵害された者の法律上の救済を図ることの必要性とを勘案して、行政庁の右のような行為は仮りに違法なものであつても、それが正当な権限を有する機関により取り消されるまでは、一応適法の推定を受け有効として取り扱われるものであることを認め、これによつて権利、利益を侵害された者の救済については、通常の民事訴訟の方法によることなく、特別の規定によるべきこととしたのである。従つて抗告訴訟の対象となる行政処分といゝうるためには、それが違法、無効であつても、正当な権限のある機関により取り消されるかまたは無効が確認されるまでは事実上有効なものとして取り扱われている場合でなければならない(最高裁判所昭和三七年(オ)第二九六号、同三九年一〇月二九日第一小法廷判決参照)。しかるところ、本件新幹線鉄道の建設に関する被控訴人および日本鉄道建設公団の前叙の諸行為は、これを一体的にみた場合に(個別的にみた場合もほぼ同様である。)、前記適法性の推定を受け、正当の権限を有する機関が取り消しまたは無効を確認するまでは有効として取り扱わるべき性質を有するものと考えることはできない。従つていずれの点よりするも、控訴人らの主張は理由がないというべきである。

四以上の次第で、本件認可は、抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできないから、本件訴えは、控訴人らのその余の主張を判断するまでもなく、不適法として却下すべきである。

よつて右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第九三条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(石田哲一 小林定人 関口文吉)

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